このページの要点
- 名誉毀損罪は具体的な事実を示して社会的評価を下げる罪、侮辱罪は事実を示さずに公然と人を侮辱する罪です。分かれ目は「事実の摘示」の有無です。
- どちらも親告罪(告訴がなければ起訴できない罪)で、告訴は犯人を知った日から6か月以内です。公訴時効は3年で、二つの期限は別々に進みます。
- 内容が本当でも名誉毀損罪は成立しえます。罰せられないのは公共の利害・専ら公益目的・真実の証明がそろうときで、誤信には確実な資料に基づく相当の理由が要ります。
- 侮辱罪は2022年7月7日から法定刑が重くなり時効は3年になりましたが、成立する範囲は変わっていません。名誉毀損の告訴の人員は2016年から2025年までに約2.7倍です。
結論:事実を示したかで罪名が分かれ、どちらも犯人を知ってから6か月が期限です
結論
- 具体的な事実を示して人の社会的な評価を下げれば名誉毀損罪(刑法230条)、事実を示さずに公然と人を侮辱すれば侮辱罪(刑法231条)です。分かれ目は「事実の摘示」があるかどうかです。
- どちらも親告罪(告訴がなければ検察官が起訴できない罪。刑法232条1項)で、告訴は犯人を知った日から6か月以内にしなければなりません(刑事訴訟法(以下「刑訴法」)235条)。公訴時効(犯罪が終わってから一定の期間が過ぎると起訴できなくなる制度)はどちらも3年です。
- 書かれた内容が本当であっても、それだけで名誉毀損罪が成立しなくなるわけではありません。罰せられないのは、刑法230条の2の要件(公共の利害・専ら公益を図る目的・真実の証明)を満たす場合です。
- 侮辱罪は2022年7月7日から法定刑が重くなりましたが、罪が成立する範囲そのものは変わっていません。
告訴とは、犯罪の被害を受けた人などが、警察(司法警察員)や検察官に犯罪の事実を申し出て、犯人の処罰を求める意思を示すことです。刑訴法230条は「犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。」と定めています。この意思を書面にしたものが告訴状で、告訴をする人を告訴人、処罰を求められる相手を被告訴人(捜査の段階では被疑者)と呼びます。
SNSや掲示板への書き込み、近所に貼られた張り紙、職場や地域での言いふらしなど、名誉を傷つけられる場面はさまざまです。このページでは、被害を受けた側が告訴を考えるときに最初に確かめたい点、つまり「名誉毀損と侮辱のどちらに当たりうるか」「相手が『本当のことだ』と言ったらどうなるか」「いつまでに告訴するか」を、条文・判例・統計の順に整理します。
告訴と被害届・告発の違いや、本人以外に誰が告訴できるかは、告訴・告発・被害届の違いと告訴できる人のページで扱っています。
名誉毀損と侮辱の違い:「事実の摘示」があるかどうか
二つの罪は、条文の書き出しで違いが示されています。名誉毀損罪は「公然と事実を摘示し」、侮辱罪は「事実を摘示しなくても」と定められています。どちらも「公然と」行われることが前提で、違いは、人について具体的な事実を示したかどうかです。
何が「事実の摘示」に当たるかについて、民事の名誉毀損の判決(最高裁平成9年9月9日判決)は、意見や論評のような言葉を使っていても、証拠などによって存否を決められる他人に関する特定の事項を主張していると読めるなら、事実の摘示を含むとしています。たとえば「あの人は会社のお金を使い込んでいる」のように、本当かどうかを証拠で確かめられる内容は事実の摘示に当たりうる表現です。これに対し、具体的な出来事を示さずに相手を見下す言葉だけを並べた表現は、侮辱の問題になりえます。ただし、この判決は民事事件のもので、刑事の名誉毀損罪の解釈にそのまま当てはまるかは別に考える必要があります。
もう一つの大事な違いは、名誉毀損罪の条文に「その事実の有無にかかわらず」とあることです。示された事実が嘘であっても本当であっても、罪の成立の入口では区別されません。本当のことであった場合に罰せられないのは、次の章で説明する刑法230条の2の要件を満たすときに限られます。この特例は条文上、名誉毀損罪(230条1項の行為)についてのもので、侮辱罪には同じ規定はありません。
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
要旨人前やネットなど公然と、具体的な事実を示して人の名誉を傷つけると、内容の真偽を問わず処罰の対象になります。亡くなった人の名誉を傷つけた場合は、嘘の事実を示したときだけが処罰の対象です。
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
要旨具体的な事実を示さなくても、公然と人をおとしめる表現をすれば侮辱罪になります。
名誉毀損罪と侮辱罪の比較(条文から)
| 項目 | 名誉毀損罪 | 侮辱罪 |
|---|---|---|
| 条文 | 刑法230条 | 刑法231条 |
| 事実の摘示 | 必要(「公然と事実を摘示し」) | 不要(「事実を摘示しなくても」) |
| 公然性 | 必要 | 必要 |
| 示した事実の真偽 | 成立に影響しない(「その事実の有無にかかわらず」) | —(事実を示すことを要件としない) |
| 真実の証明による特例 | あり(刑法230条の2) | 条文上の規定なし |
| 法定刑 | 3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | 1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
| 親告罪か | 親告罪(刑法232条1項) | 親告罪(刑法232条1項) |
| 告訴期間 | 犯人を知った日から6か月(刑訴法235条) | 犯人を知った日から6か月(刑訴法235条) |
| 公訴時効 | 3年(刑訴法250条2項6号) | 3年(刑訴法250条2項6号) |
公訴時効の年数は、法定刑の長期を刑訴法250条2項に当てはめたものです(このサイトの罪名別一覧と同じ)。死者の名誉毀損の告訴は、死者の親族または子孫ができます(刑訴法233条1項)。
名誉毀損罪の要件:公然性・事実の摘示・名誉の毀損
名誉毀損罪の条文を分けると、①公然と、②事実を摘示し、③人の名誉を毀損した、の三つが要件になります。告訴状を書く前に、手元の書き込みや張り紙がそれぞれに当たるかを確かめておくと、後で何を書けばよいかがはっきりします。
①「公然」について、法務省の侮辱罪のQ&A(Q2)は、不特定または多数の人が認識できる状態と説明しています。名誉毀損罪の条文も同じ「公然と」という語を使っています。誰でも見られるSNSの公開投稿や掲示板、人通りのある場所の張り紙は、この状態に当たるかを検討する典型的な場面です。
②「事実の摘示」は前の章のとおり、証拠で確かめられる具体的な事柄を示すことです。③「名誉」については、民事の判決(最高裁平成9年5月27日判決)が、人の品性、徳行、名声、信用などについて社会から受ける客観的な評価であり、名誉毀損とはこの社会的評価を低下させる行為だと述べています。「客観的な評価」とされている点が大切で、本人がどれだけ傷ついたかとは別に、周囲からの評価を下げる内容かどうかが問われます。
名誉毀損罪がいつ成立するかについて、大阪高裁平成16年4月22日判決は、この罪を、評価を下げる危険が生じた段階で成立する罪(抽象的危険犯)と位置づけ、名誉を傷つける記事をサーバーに置いて閲覧できる状態にした時点で既遂になるとしました。評価が現実に下がったという結果までは必要としない考え方と読めます。
確認できていないこと
「公然」の細かな線引き(特定の少人数に話した内容が広まる可能性がある場合、鍵付きアカウントやグループ内の投稿、1対1のダイレクトメッセージ)を直接示した最高裁判例の原文は、調べた範囲では確認できていません。なお、害を加えると告げて人を脅す脅迫罪(刑法222条)は、条文上「公然」を要件としていません。1対1のメッセージで脅された場合は、脅迫・恐喝・ストーカーの告訴のページも参考にしてください。
「本当のことなら罪にならない」は正確ではない:刑法230条の2の特例
相手から「書いたことは事実だ」と言われると、告訴してよいのか迷うかもしれません。しかし、刑法230条の2が定めるのは、真実であれば常に罰せられないということではありません。罰せられないのは、次の三つがそろった場合です。
- 示された事実が公共の利害に関する事実であること
- その目的が専ら公益を図ることにあったと認められること
- 事実の真否を判断して、真実であることの証明があったこと
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
要旨公共性・公益目的・真実の証明がそろって初めて罰せられなくなります。まだ起訴されていない人の犯罪に関する事実は「公共の利害に関する事実」として扱われ(2項)、公務員や選挙の候補者に関する事実は真実の証明だけで足ります(3項)。
2項は、起訴される前の人の犯罪行為に関する事実を「公共の利害に関する事実」とみなすものです。ここで扱いが変わるのは①の要件だけで、②の公益目的と③の真実の証明は別に必要です。私生活上の事柄や、個人的な恨みから広めた話は、①や②を満たすかが問われることになります。
どこまでが「公共の利害に関する事実」かについては、次の判例が基準を示しています。
最高裁第一小法廷 昭和56年4月16日判決
昭和55年(あ)第273号・刑集35巻3号84頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 私人の私生活上の行状を示した行為が名誉毀損罪に問われ、それが230条の2の「公共の利害に関する事実」に当たるかが争われた事件です(破棄差戻し)。
- 判断の要点
- 私人の私生活上の行状でも、その人が携わる社会的活動の性質や社会への影響力によっては、その活動を批判・評価する資料として「公共の利害に関する事実」に当たる場合があるとしました。当たるかどうかは示された事実の内容・性質から客観的に判断し、表現の仕方や調査の程度は、公益目的の有無の認定などで考慮するとしています。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
加害者が「事実だ」と主張しているときの整理(刑法230条の2と判例の枠組み)
示された事実は、公共の利害に関する事実ですか(起訴前の人の犯罪行為に関する事実はそうみなされます。公務員・候補者に関する事実は3項により次の問いを省きます)
はい次の問いへ進みます。
いいえ230条の2の特例の対象になりません。内容が本当でも、この特例で罰せられなくなることはありません。
その目的は、専ら公益を図ることにありましたか
はい次の問いへ進みます。
いいえ特例の対象になりません。
事実が真実であることの証明がありましたか
はい罰せられません(230条の2第1項)。
いいえ次の問いへ進みます。
真実だと誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らした相当の理由がありますか
はい犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しないとされます(最高裁昭和44年6月25日判決)。
いいえ特例や判例による免責は認められず、名誉毀損罪の成否の検討が続きます。
条文と判例による判断の順序を示したもので、個々の事件の結論は捜査機関と裁判所が判断します。証明の責任と程度は次の章の判例を参照してください。
真実と信じた「相当の理由」をめぐる判例
230条の2の「真実であることの証明」ができなかった場合でも、加害者が真実だと信じていたことに理由があれば罪にならないのか。この点の判断は時代によって変わってきました。被害者にとっては、加害者が「信じていた」と言うだけで告訴が無意味になるのかどうかに関わります。
最高裁第一小法廷 昭和34年5月7日判決
昭和33年(あ)第2698号・刑集13巻5号641頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 確かな裏づけがないまま、ある人が放火をしたと周囲に話した行為が名誉毀損罪に問われた事件です。
- 判断の要点
- 話した人がその人を放火の犯人だと誤信していても、証拠上、犯人であることが確認できないときは、230条の2の真実の証明がなかったものとして、名誉毀損の責任を免れないとしました。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
最高裁大法廷 昭和44年6月25日判決
昭和41年(あ)第2472号・刑集23巻7号975頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 名誉毀損罪の事件で、真実の証明ができなかった場合の扱いが争われました(破棄差戻し)。
- 判断の要点
- 真実であることの証明がなくても、行為者が真実だと誤信し、その誤信に確実な資料・根拠に照らして相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しないとしました。昭和34年判決とは異なる立場を示した判決で、現在の判断の出発点になっています。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
最高裁第一小法廷 平成22年3月15日決定
平成21年(あ)第360号・刑集64巻2号1頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認(事案の細部は判決全文で確認していないため書いていません)
- 事案
- 個人がインターネット上に掲載した内容について、名誉毀損罪の成否が争われた事件です(上告棄却)。
- 判断の要点
- インターネットの個人利用者による表現でも、他の表現手段と同じく、確実な資料・根拠に照らして相当の理由がある場合に限って名誉毀損罪は成立しないとし、より緩やかな基準で成立を否定すべきではないとしました。本件では、根拠にした資料に一方的な立場で作られたものが含まれていたことなどから、相当の理由は認められませんでした。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
東京高裁 昭和59年7月18日判決
昭和58年(う)第1148号裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 名誉毀損罪の事件で、示した事実が真実であることや、真実と誤信したことの相当性を、被告人の側がどう証明するかが争われました。
- 判断の要点
- 真実性の証明も、真実と誤信した相当性の証明も、いわゆる「自由な証明」や「証拠の優越」の程度では足りないとしました。どこまでの証明が必要かという積極的な基準は、要旨の範囲では示されていません。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
これらを被害者の側から読むと、加害者が「本当だと思っていた」と言うだけでは足りず、確実な資料や根拠があったかどうかが問われること、ネット上の個人の投稿でもその基準は緩められないことが分かります。一方で、相手が確かな資料に基づいて書いていた場合には、犯罪が成立しないこともありえます。
判断の枠組みを確かめるときは、昭和34年判決ではなく、昭和44年の大法廷判決と平成22年の決定が出発点になります。
侮辱罪の法定刑の引上げ(2022年7月7日施行)と公訴時効3年
侮辱罪の法定刑は、2022年6月13日に成立した「刑法等の一部を改正する法律」(令和4年法律第67号)により引き上げられ、この部分は同年7月7日に施行されました。改正前の法定刑は「拘留又は科料」だけでした。改正当時の条文では「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」とされ、その後、2025年6月1日に懲役・禁錮が拘禁刑に一本化されたため、現在の条文は「一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」です。
法務省の「侮辱罪の法定刑の引上げ Q&A」は、この改正が法定刑を引き上げるだけで、侮辱罪が成立する範囲は全く変わらないと説明しています(A7)。これまで侮辱罪で処罰できなかった行為が、改正によって新たに処罰できるようになったわけではありません。被害者の側から見ると、「厳罰化されたから、これまで対象外だった言動も告訴できる」という理解は正確ではありません。
同じQ&Aは、法定刑の引上げに伴って、教唆犯・幇助犯(そそのかした人・手助けした人)の処罰、公訴時効、逮捕の制限に変化が生じると説明しています(A11)。このうち公訴時効は、これまでの1年から3年になりました(刑訴法250条2項6号・7号)。年数の出し方は公訴時効の早見表のページで説明しています。
なお、侮辱罪は改正後も親告罪のままです(刑法232条1項)。公訴時効が残っていても、告訴期間(犯人を知った日から6か月)を過ぎると告訴はできません。
確認できていないこと
2022年7月6日以前の行為について、法務省のQ&A(A1)は「施行の前に行われた行為は、改正される前の法定刑が適用されます」と説明しています(刑法6条「犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。」も参照)。ただし、改正前の行為に対する公訴時効の年数の扱いを示した判例・公式の解説は、調べた範囲では確認できていません。
改正後の運用:法務省の検討会の資料から分かること
法務省は、侮辱罪の法定刑の引上げ後の施行状況を検討するため「侮辱罪の施行状況に関する刑事検討会」を開き、2026年2月に取りまとめ報告書を公表しました。報告書では「インターネット上の誹謗中傷に関する特別な処罰規定を設けるべきか」「侮辱罪の法定刑を更に引き上げるべきか」などが検討されましたが、ネット上の誹謗中傷をめぐる現状は憂慮すべき状況にあるとしつつ、現時点では直ちに更なる措置を講じるべきとの結論には至らなかったとされています。現在の侮辱罪の条文が当面の前提になる、ということです。
検討会に警察庁が提出した資料によると、侮辱罪の認知件数は2020年95件、2021年134件、2022年267件、2023年377件、2024年393件で、このうちインターネットを利用したものは48件から225件に増えています。検挙件数は2020年61件から2024年277件でした(2025年上半期は認知164件・検挙135件で、暫定値)。検討会の議事録で警察庁の委員は、侮辱罪の「認知」は、告訴の受理や、その前段階の被害届の受理を数えたもので、相談は数えていないと説明しています。
法務省の資料(侮辱罪の事件処理状況)では、2022年7月7日以降の行為について、2025年6月30日までに侮辱罪のみで検察庁が終局処分をした人は延べ667人(ネット事案305人、ネット以外362人)でした。略式命令請求を含めて起訴された割合は、ネット事案で約36%、ネット以外で約20%と説明されています。2025年6月30日までに確定した刑を見ると、ネット事案104人のうち74人が10万円以上20万円未満の罰金、ネット以外の70人のうち37人が科料でした。議事録では、法務省の事務当局が、その後の2025年8月に侮辱罪のみで「懲役6月、3年間執行猶予」の判決が確定した事案があったと説明しています。
これらは検討会のために集計された延べの人員で、処理状況の人員には裁判が確定していないものも含まれます。数字は改正後の運用の傾向を知る材料であり、個々の事件の見通しを示すものではありません。
親告罪であることと告訴期間6か月
この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
要旨名誉毀損罪・侮辱罪を含む「名誉に対する罪」の章の罪は、被害者などの告訴がなければ検察官が起訴できません。
名誉毀損罪と侮辱罪は親告罪です。警察が事件を把握していても、告訴がなければ検察官は公訴を提起(起訴)できません。被害届を出しただけで告訴をしていない場合、処罰を求める手続としては足りないことになります。
親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月を過ぎるとできなくなります(刑訴法235条)。この6か月を告訴期間と呼びます。詐欺や傷害のような非親告罪にはこの期間制限がなく、公訴時効だけが問題になります。「犯人を知った日」がいつかは判例で扱いが分かれる論点で、数え方は告訴期間6か月と親告罪の一覧のページで詳しく説明しています。
ネット上の書き込みについては、記事が削除されずに閲覧できる間は犯罪が終わっていないとして、その間に犯人を知っても告訴期間は進まないとした高裁判決(大阪高裁平成16年4月22日判決)があります。ただし、この事件では犯人が削除を申し入れた時点で犯罪が終わったと認定されており、「投稿が残っている限りいつでも告訴できる」という意味ではありません。
告訴は、受理された後に取り消すこともできますが、取り消した場合の効果には注意が必要です。取消しについては受理後の流れと取下げ・示談・虚偽告訴の注意のページで扱っています。
期限は二つあります
名誉毀損罪・侮辱罪では、告訴期間(犯人を知った日から6か月)と公訴時効(3年)が別々に進みます。相手の名前が分かった日を記録しておくこと、書き込みや張り紙の日時を控えておくことが、期限を確かめる出発点になります。
統計でみる名誉毀損の告訴
名誉に対する罪がどれくらい告訴されているかは、検察統計で見ることができます。次の表は、検察で処理が済んだ被疑者のうち、捜査の始まり(端緒)が「司法警察員に告訴」、つまり警察に告訴した事件の人員です。
統計名誉毀損(侮辱・死者名誉毀損を含む)の警察経由の告訴の人員(2016〜2025年)
| 年 | 名誉毀損(侮辱等を含む) | 全罪名の総数 |
|---|---|---|
| 2016年 | 360 | 5,500 |
| 2017年 | 382 | 5,087 |
| 2018年 | 441 | 4,611 |
| 2019年 | 449 | 4,338 |
| 2020年 | 408 | 4,660 |
| 2021年 | 540 | 5,397 |
| 2022年 | 574 | 5,277 |
| 2023年 | 601 | 5,178 |
| 2024年 | 690 | 5,857 |
| 2025年 | 969 | 6,891 |
出典:検察統計調査(e-Stat)年次 表37「罪名別 既済となった被疑事件の捜査の端緒別人員」の「司法警察員に告訴」列、2016〜2025年(2025年の表)
2016年から2025年の伸び:名誉毀損 969÷360=約2.7倍、総数 6,891÷5,500=約1.25倍。人員は検察で処理が済んだ被疑者の数で、警察が告訴を受理した件数ではありません。警察が受理しなかった告訴、送致前の告訴、氏名不詳のままの告訴は含まれません。
名誉毀損の告訴の人員は2016年から2025年までにおよそ2.7倍になり、全罪名の総数の伸びを大きく上回っています。2025年に告訴(警察経由と検察官への告訴の合計)を端緒とした人員は、表37の名誉毀損の既済総数の64.6%を占めました(計算:(969+141)÷1,717)。刑法犯全体では3.1%なので、名誉毀損は事件の多くが告訴から始まる罪だといえます。告訴全体に占める名誉毀損の割合も、2016年の5.3%(465÷8,785)から2025年は13.3%(1,110÷8,318)に上がりました。
処理の結果は、別の表(表8)で罪名ごとに見られます。2025年の名誉毀損(侮辱を除く)は既済1,686人で、起訴319人、不起訴978人でした。不起訴のうち172人は「親告罪の告訴等の欠如・無効・取消し」という区分です。侮辱は既済519人で、起訴115人、不起訴255人(うち同じ区分が41人)でした。この区分の内訳(期間切れか、取消しか等)は表からは分かりませんが、親告罪では告訴が有効に存在することが起訴の前提になることを示す数字です。表8は告訴事件に限らない全端緒の数字です。
起訴率の計算方法や、他の罪名との比較、処理にかかる期間は、検察統計でみる告訴事件の起訴率と期間のページにまとめています。
告訴状に書く要素:この罪の要件から考える
告訴状には決まった書式はありませんが、捜査機関がどの罪の事実として受け止めるかは、書かれた事実で決まります。名誉毀損罪・侮辱罪では、ここまで見た要件に沿って、次の要素がそろっているかを確かめると漏れが少なくなります。
名誉毀損・侮辱の告訴状で示したい要素
| 要素 | 書くこと | 関係する要件 |
|---|---|---|
| 誰が | 相手の氏名・住所。分からなければ、アカウント名・表示名・投稿を特定できる情報 | 被告訴人の特定 |
| いつ・どこで | 投稿・掲示・発言の日時、媒体(サイト名・URL、張り紙の場所、集まりの場) | 行為の特定 |
| 誰が見られたか | 公開範囲、閲覧できた人の範囲、場所の人通りなど | 公然性 |
| 何を言われたか | 問題の文言をそのまま。どの部分が具体的な事実の主張か、どの部分が侮辱的な言葉か | 事実の摘示の有無(名誉毀損か侮辱か) |
| 自分のことだと分かる理由 | 実名・写真・肩書・前後の文脈など、読み手が被害者を指すと受け取る事情 | 「人の」名誉 |
| 何が損なわれたか | 職業上の信用、地域での評判など、どのような社会的評価に関わるか | 名誉の毀損 |
| 相手が「事実だ」と言っている場合 | 示された事実が真実でないことを示す資料があれば、その内容 | 刑法230条の2 |
| 犯人を知った日 | 相手が誰か分かった日と、その経緯 | 告訴期間(刑訴法235条) |
| 処罰を求める意思 | 犯人の処罰を求める旨 | 告訴であること(親告罪) |
表は要件から導いた確認の観点です。個々の事件で何罪に当たるかは捜査機関が判断します。
罪名を名誉毀損とするか侮辱とするかで迷う場合でも、事実の摘示に当たりうる部分と侮辱的な言葉の部分を分けて、文言どおりに書いておくことが大切です。告訴状全体の構成、告訴事実の特定のしかた、相手の名前が分からないときの書き方は、告訴状の書き方と相手不明の場合の告訴のページで説明しています。
ネット上の書き込みは、削除されると後から内容を示すことが難しくなります。画面の保存のしかたや、投稿者の情報の開示の仕組み、開示と告訴の順序は、ネット中傷:発信者情報の開示と告訴の順序のページで扱っています。
まとめ
- 名誉毀損罪(刑法230条)と侮辱罪(刑法231条)の分かれ目は、具体的な事実を示したかどうかです。どちらも「公然と」行われたことが前提です。
- 名誉毀損罪は示した事実が本当でも成立しうる罪で、罰せられないのは刑法230条の2の三つの要件(公共の利害・専ら公益目的・真実の証明)を満たすときです。真実と誤信した場合は、確実な資料・根拠に照らした相当の理由が問われ、ネットの個人の投稿でも基準は同じです。
- 侮辱罪は2022年7月7日から法定刑が引き上げられ、公訴時効は3年になりましたが、成立する範囲は変わっていません。2026年2月の法務省の検討会報告書は、直ちに更なる措置を講じる結論には至らなかったとしています。
- どちらも親告罪で、告訴期間は犯人を知った日から6か月です。公訴時効3年とは別に進むため、二つの期限を確かめてください。
- 警察経由の名誉毀損の告訴の人員は、2016年の360人から2025年の969人に増えています(検察統計 表37)。
このページの出典
- 法令刑法 第6条・第222条・第230条・第230条の2・第231条・第232条(e-Gov法令検索)確認日 2026-10-24
- 法令刑法の改正履歴 令和4年法律第67号(2022年7月7日施行)(e-Gov)確認日 2026-10-24
- 法令刑事訴訟法 第230条・第233条・第235条・第250条(e-Gov法令検索)確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第一小法廷 昭和56年4月16日判決(昭和55年(あ)第273号、刑集35巻3号84頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第一小法廷 昭和34年5月7日判決(昭和33年(あ)第2698号、刑集13巻5号641頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例最高裁大法廷 昭和44年6月25日判決(昭和41年(あ)第2472号、刑集23巻7号975頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第一小法廷 平成22年3月15日決定(平成21年(あ)第360号、刑集64巻2号1頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例東京高裁 昭和59年7月18日判決(昭和58年(う)第1148号)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
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よくあるご質問
SNSで「詐欺師」と書かれました。名誉毀損と侮辱のどちらで告訴することになりますか。
その言葉が、証拠で確かめられる具体的な出来事を示していると読めるかどうかで分かれます。刑法230条は「事実を摘示し」、231条は「事実を摘示しなくても」と定めており、最高裁平成9年9月9日判決(民事)は、証拠で存否を決められる特定の事項を主張していると読めるなら事実の摘示を含むとしています。前後の投稿で具体的な出来事に触れているかも含め、文言をそのまま告訴状に書いておくと判断の材料になります。罪名の当てはめの考え方は「告訴状の書き方と相手不明の場合の告訴」のページで扱っています。
書かれた内容に本当の部分があっても、名誉毀損で告訴できますか。
告訴することはできます。刑法230条は「その事実の有無にかかわらず」処罰すると定めており、罰せられなくなるのは、刑法230条の2の公共の利害・専ら公益を図る目的・真実の証明の三つがそろった場合です。加害者が真実と誤信していた場合も、確実な資料・根拠に照らした相当の理由が必要とされています(最高裁昭和44年6月25日判決、最高裁平成22年3月15日決定)。
2022年7月より前の侮辱的な書き込みも、重くなった刑で処罰されますか。
法務省のQ&A(A1)は、施行前の行為には改正前の法定刑が適用されると説明しています(刑法6条も、犯罪後に刑が変わったときは軽いほうによると定めています)。改正前の行為の公訴時効の年数の扱いは、調べた範囲では判例・公式の解説を確認できていません。また、侮辱罪は親告罪で、犯人を知った日から6か月を過ぎると告訴できない点(刑訴法235条)も確かめる必要があります。
1対1のダイレクトメッセージで悪口を送られ続けています。侮辱罪で告訴できますか。
侮辱罪・名誉毀損罪は、条文上「公然と」行われたことが要件です。法務省のQ&Aは「公然」を不特定または多数の人が認識できる状態と説明しており、1対1のメッセージがこれに当たるかの細かな線引きを示した最高裁判例の原文は、調べた範囲では確認できていません。害を加えると告げる内容であれば、公然性を要件としない脅迫罪(刑法222条)が問題になることがあり、「脅迫・恐喝・ストーカーの告訴」のページで扱っています。
書き込みが削除された後でも告訴できますか。
削除されても、それまでに名誉毀損罪が成立していれば告訴の対象になりえます。大阪高裁平成16年4月22日判決は、名誉毀損罪は記事を閲覧できる状態にした時点で既遂になるとし、削除されないままなら犯罪は終わっていないとしました。削除後は内容を示す手段が限られるため、保存した画面や日時の記録が重要になります。証拠の残し方は「ネット中傷:発信者情報の開示と告訴の順序」のページで説明しています。
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本ページは一般的な情報提供です。告訴・告発が受理されるか、どの罪が成立するか、起訴されるかは、事実関係と証拠をもとに警察・検察が判断することで、このページの説明で結論が決まるものではありません。条文は e-Gov法令検索(法令API)で2026年10月24日時点のものを、統計は政府統計の総合窓口(e-Stat)ほか各府省の公表資料を確認しています。参考: e-Gov法令検索 / e-Stat / 警察庁 / 検察庁 / 裁判所 / 法務省