このページの要点
- 告訴状の書式を定めた法令はありません。刑訴法241条は書面か口頭かを定めるだけで、告訴かどうかは犯罪事実の申告と処罰を求める意思で決まります。
- 警察は受理の前に、告訴権・告訴期間・犯罪構成要件・処罰意思などを確かめます。告訴状の項目は、この確認に答えるために組み立てます。
- 告訴事実は日時・場所・方法・結果を罪名の要件に沿って書きます。罪名は告訴人の見立てで、どの罪として扱うかは捜査機関が判断します。
- 相手の氏名が分からなくても告訴はできますが、親告罪の6か月は犯人を特定し得る程度に知った時から進むことがあります。口頭なら警察官が告訴調書を作ります。
結論:告訴状に決まった書式はなく、中身として問われるのは「犯罪事実」と「処罰を求める意思」です
結論
- 告訴状の書式を定めた法令はありません。刑事訴訟法(以下「刑訴法」)241条は、告訴を書面または口頭で検察官か司法警察員(警察)にすることを定めるだけです。
- 警察は受理の前に、告訴権・告訴期間・犯罪構成要件に当たるか・処罰意思などを確かめます(令和6年3月26日 警察庁丙刑企発第39号ほか)。告訴状は、この確認に答えられる順に組み立てるのが筋です。
- 告訴事実は、いつ・どこで・誰が・どのように・どんな結果を生じさせたかを、罪名の要件に沿って具体的に書きます。罪名は告訴人の考えとして示すもので、どの罪として捜査し扱うかを判断するのは捜査機関(警察・検察官)です。
- 相手の氏名や住所が分からなくても、刑訴法の告訴の条文に犯人の氏名を求める規定はありません。ただし、親告罪の6か月は氏名まで知らなくても進み始めることがある点に注意が要ります。
告訴とは、犯罪の被害を受けた人などが、捜査機関に犯罪の事実を申し出て、犯人の処罰を求める意思を示すことです。その意思を書面にしたものが告訴状で、告訴をする人を告訴人、処罰を求められる相手を被告訴人(捜査の段階では被疑者)と呼びます。警察が告訴を正式に受け付けることを受理、受け付けないことを不受理といいます。
このページは、告訴状を自分で書こうとする被害者の方に向けて、書式の有無、警察が受理の前に見る点、告訴状を構成する項目の役割、告訴事実の特定、罪名の当てはめの考え方、相手が誰か分からない場合の告訴、そして警察が作る告訴調書との違いを、条文・判例・警察の通達の範囲で整理します。告訴状の文例そのものは載せていません。事実関係は事案ごとに違い、借り物の文面では警察の確認に答えられないからです。
告訴と被害届・告発の違いや、本人以外に誰が告訴できるかは、告訴・告発・被害届の違いと告訴できる人のページで扱っています。
告訴状に決まった書式はない:刑訴法241条と最高裁昭和34年決定
告訴の方式について、刑訴法が定めているのは241条だけです。1項は告訴を「書面又は口頭で」検察官または司法警察員にすると定め、2項は口頭で受けたときに調書を作ることを求めています。告訴状に何をどの順で書くか、用紙の大きさ、手書きかどうか、押印の要否といった点を定めた規定は、この条文にも、告訴に関する前後の条文(230条〜244条)にも置かれていません。
告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。
2 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。
要旨告訴は、紙に書いて出しても、口で申し出てもよく、相手は検察官か司法警察員(警察)です。口で申し出たときは、受けた側が調書を作ります。書面の形式については何も定めていません。
書式より中身が問われることは、最高裁の決定からも読み取れます。最高裁第一小法廷昭和34年5月14日決定は、被害者などの検察官・司法警察員に対する「供述調書」であっても、犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思を表示した内容が書き取られていれば、刑訴法241条2項の告訴調書として有効だと判断しました。この決定は調書についてのものですが、告訴に当たるかどうかを、書面の題名ではなく「犯罪事実の申告」と「処罰を求める意思表示」が書き取られているかで見ている点は、告訴状を書くうえでも手がかりになります。
最高裁第一小法廷 昭和34年5月14日決定
昭和33年(あ)第2576号・刑集13巻5号706頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 被害者が検察官または司法警察員の前で述べた内容が、「告訴調書」ではなく「供述調書」という題の書面に書き取られていた事案です。
- 判断の要点
- 書面の題名が供述調書でも、犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思を表示した内容が録取されていれば、刑訴法241条2項の告訴調書として有効とされました。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
書式が自由だということは、何を書いてもよいという意味ではありません。書式の決まりがない分、警察が受理の前に確かめる点に答えられているかどうかが、告訴状の出来を左右します。次の章で、その確認の中身を見ます。
確認できていないこと
調べた範囲では、都道府県警察や警察庁が公開している告訴状の公式の様式・記載例は確認できませんでした。告訴状の宛名、押印、訂正のしかた、控え(副本)の扱いを定めた法令や公的な案内も、確認できていません。提出先の警察署で扱いを確かめる必要があります。
警察が受理の前に確かめること:告訴権・告訴期間・構成要件・処罰意思
警察庁は、令和6年3月26日の通達(警察庁丙刑企発第39号ほか「告訴・告発への適切な対応及び指導・管理の徹底について」)で、告訴を受けたときは直ちに内容を聴き、「告訴権の有無、告訴期間、犯罪構成要件の充足の有無、処罰意思等の要件」を確かめたうえで、できるだけ早く受理・不受理を判断するよう各都道府県警察に求めています。列挙の最後に「等」が付いているので、確かめる点がこの四つに限られるわけではありません。
都道府県警察の内部の定めにも、同じ方向の項目が並びます。警視庁の通達(平成15年4月1日 通達甲(副監.刑.2.資)第15号)は、処罰意思、犯罪事実が特定されているか、告訴権者か、公訴時効、親告罪の告訴期間を確認事項として挙げます。群馬県警察の要綱(平成12年7月3日 群本例規第19号)は、告訴権、犯罪構成要件、処罰意思その他の法令に定める要件を備えていれば事件として受理すると定めています。愛知県警察の要綱(令和7年3月19日 刑総発甲第32号)は、要件を形式的なもの(告訴権、時効・告訴期間の未経過など)と実質的なもの(処罰意思、犯罪事実の特定)に分けているとされています。ただし、これは県の例規集から転記された調査資料(二次的な記録)によるもので、このページでは例規集の本文を直接確認できていません。警視庁と群馬県の定めも、現在そのまま効力を持つ版かどうかは確認できていません。
ここで出てくる用語を確かめておきます。親告罪は、告訴がなければ検察官が起訴できない罪です。告訴期間は、親告罪について告訴ができる期間で、刑訴法235条により犯人を知った日から6か月です。公訴時効は、罪ごとに決まった期間が過ぎると起訴できなくなる制度です。
告訴状を書き始める前に確かめたいこと
相手の処罰を求めますか(被害を知らせるだけではなく)。
はい告訴状で、処罰を求める意思をはっきり書きます。
いいえ被害届で足りる場面があります。違いは告訴・告発・被害届の違いと告訴できる人で。
自分が告訴できる立場ですか(被害者本人、法定代理人など)。
はい告訴人として自分を書き、本人であることを示す資料を用意します。
いいえ代理人が出すときは委任状、被害者以外の告訴権者(法定代理人など)が出すときはその資格を証する書面が要ります(犯罪捜査規範66条)。告訴・告発・被害届の違いと告訴できる人で確認を。
問題の罪は親告罪ですか。
はい犯人を知った日から6か月以内かを確かめます。数え方は告訴期間6か月と親告罪の一覧で。
いいえ告訴期間はありませんが、公訴時効を確かめます(公訴時効の早見表)。
いつ・どこで・何をされ、どんな結果になったかを、順に説明できますか。
はい告訴事実の章に進みます。
いいえ日付や金額の記録、画面の保存など、手元の資料から事実を組み立て直します(証拠の整理と提出先・郵送・オンライン提出)。
フローは書き始める前の整理のためのもので、受理されるかどうかの判定ではありません。最終的な判断は警察が行います。
このうち、告訴状の書き方で示せるのは、処罰意思、犯罪事実の特定、告訴権を示す書面です。告訴期間の経過や公訴時効の完成は、書き方では補えません。受理されない場面と、断られたときの見直し方は告訴状が受理されない理由と対処で詳しく扱っています。
告訴状の標準的な構成:項目ごとの役割
決まった書式はありませんが、前の章の確認項目に答えるために、このページでは告訴状を次の項目に分けて説明します。下の表は、それぞれの項目が何のためにあるのかと、書くときの考え方をまとめたもので、文例ではありません。項目の名前や順序を変えても、告訴としての効力に影響する規定はありません。
告訴状を構成する項目と役割
| 項目 | 役割 | 書くときの考え方 | 根拠・資料 |
|---|---|---|---|
| 標題 | 告訴の書面であることを示す | 「告訴状」と示し、被害届や相談の書面と区別する | 調書の題名が供述調書でも告訴調書として有効とした例がある(最高裁昭和34年5月14日決定) |
| 日付・宛名 | いつ、誰に出したかを示す | 宛名は提出先の検察官か司法警察員(警察署長など)。宛名を定めた規定は確認できていない | 刑訴法241条1項 |
| 告訴人 | 誰が告訴するかを示す | 氏名・住所・連絡先。告訴権があることを示す資料を添える | 警視庁通達第3の2・第3の4 |
| 被告訴人 | 誰の処罰を求めるかを示す | 分かっていれば氏名・住所など。分からなければ氏名不詳として、分かっている手がかりを書く | 警視庁通達第3の4(判明していれば身分の資料) |
| 告訴の趣旨 | 処罰を求める意思を示す | どの事実について、被告訴人の処罰を求めるのかを明確に書く | 警察庁通達第1(処罰意思) |
| 告訴事実 | どんな犯罪事実があったかを示す | 日時・場所・方法・結果を、罪名の要件に沿って具体的に | 警視庁通達第3の2(2)イ |
| 告訴に至る経緯 | 背景と、告訴に至った事情を示す | 相手との関係、被害に気づいた時期、時間がたっている場合はその理由 | 警視庁通達第3の1 |
| 証拠 | 事実を裏づける資料を示す | 何を証明する資料かが分かるよう、番号を付けて対応させる | 警視庁通達第3の4 |
| 添付書類 | 告訴権などを示す書面 | 本人確認の資料、代理人なら委任状、被害者以外の告訴権者なら資格を証する書面 | 犯罪捜査規範66条 |
警視庁通達は平成15年4月1日 通達甲(副監.刑.2.資)第15号、警察庁通達は令和6年3月26日 警察庁丙刑企発第39号ほか。証拠の整理のしかたは証拠の整理と提出先・郵送・オンライン提出で扱っています。
中心になるのは「告訴の趣旨」と「告訴事実」です。最高裁昭和34年決定が告訴調書として有効とする内容として挙げたのも、犯罪事実の申告と処罰を求める意思表示の二つでした。告訴の趣旨で、被告訴人を処罰してほしいという意思を一文で言い切っておくと、後に続く事実が何のために書かれているのかがはっきりします。反対に、お金を返してほしい、謝ってほしいという希望だけが書かれていると、処罰を求めているのかどうかが読み取りにくくなります。
「告訴に至る経緯」は、告訴事実に入りきらない背景を書く場所です。警視庁の通達は、相談の段階で背景にある事案全体を明らかにするよう努めることを求め、公訴時効が近い告訴では、被害の時点で告訴しなかった理由の説明を求めるとしています。被害から時間がたっている場合は、その間に何があったかを経緯の中で説明しておくと、確認の手間を減らせます。
告訴事実の特定:日時・場所・方法・結果を罪名の要件に沿って
告訴事実は、告訴状の中で最も重い部分です。警視庁の通達は、「犯罪が成立しないことが明らかであったり、犯罪事実を示さない告訴等は無効である」として、犯罪事実が特定されているかを確認するよう定めています。罪名だけを書いて、それに当たる具体的な出来事が書かれていない告訴状は、この確認に答えられません。
どの程度まで書けば「特定」といえるのかについて、警察が求める水準を示した公式の基準は、調べた範囲では見つかっていません。そこで、このページでは、捜査機関がその出来事を他の出来事と区別して調べられるかどうかという観点から、次の要素に分けて整理します。
- 日時:いつのことか。正確な日時が分からなければ「○月上旬ころ」のように幅で示し、なぜその時期と言えるのか(記録、記憶のきっかけ)を添えます。
- 場所:どこで起きたか。ネット上なら、サイトやアプリの名称、URL、アカウント名など、場所に当たる情報を書きます。
- 誰が・誰に:被告訴人が誰で、被害を受けたのが誰か。相手が分からないときの書き方は後の章で扱います。
- 方法:どのような行為だったか。言葉が問題になる罪では、言われた・書かれた言葉をそのまま書くのが基本です。
- 結果:何が生じたか。けがの部位と程度、壊された物、失った金額、評価を下げられた状況などです。
- 罪名:告訴人として、どの罪に当たると考えるか。次の章で扱います。
同じ相手から同じような被害を何度も受けた場合、一回ごとの日時と場所をすべて書けないこともあります。参考になるのが、起訴状の書き方について判断した最高裁第一小法廷昭和39年4月23日決定です。同じ被害者に一定期間くり返された、単一の意思による同じ種類の詐欺を包括して一つの罪とし、被害者ごとに始まりと終わりの日時、場所、被害物件の総計と総額などを示していれば、個々の行為の日時・場所まで特定しなくてもよいとした原審の判断を、違法とは認められないとしました。
最高裁第一小法廷 昭和39年4月23日決定
昭和38年(あ)第2437号・集刑151号71頁裁判所サイトの判示事項・裁判要旨で確認
- 事案
- 同じ被害者に対して一定期間くり返された同種の詐欺について、起訴状がまとめた形で事実を示していた事案です。
- 判断の要点
- 単一の意思でくり返された同種の詐欺を包括して一個の罪とし、被害者ごとに日時の始期と終期、場所、被害物件の総計と総額を示していれば、訴因の特定に欠けるところはないとされました。
確認した場所:裁判所 裁判例検索
ただし、この決定は検察官が書く起訴状(訴因)についてのもので、告訴状の特定の程度を直接決めたものではありません。また、対象は包括して一つの罪とされた同種の詐欺で、くり返しの被害ならどれでも同じようにまとめてよいと示したものでもありません。くり返しの被害を期間と総額でまとめる書き方が、裁判の段階で認められた一つの例として参考にする、という位置づけです。まとめて書く場合でも、手元に一回ごとの記録があれば、一覧表にして証拠として添えておくと、警察が後から個別の事実を確かめやすくなります。
もう一つ気をつけたいのは、事実を強めて書かないことです。犯罪捜査規範67条は、告訴事件を捜査するときに、人を陥れたり中傷したりする目的の虚偽や著しい誇張でないかに注意するよう警察に求めています。記憶があいまいな部分は「〜と記憶している」と書き分け、見たこと・聞いたこと・記録にあることを区別しておくのが安全です。
罪名の当てはめの考え方:告訴人は「考え」を示し、判断は捜査機関がする
告訴状に罪名を書くかどうかについて、現行法に定めはありません。令和7年法律第39号による改正後の刑訴法241条2項(未施行)は、告訴で明らかにすべき事項を犯罪事実、処罰を求める旨、告訴人の氏名と住居などと定めていますが、ここにも罪名は入っていません。罪名は、告訴人が「この事実はこの罪に当たると考える」という見立てを示す欄であり、どの罪として捜査し起訴するかを判断するのは警察・検察官です。警視庁の通達も、同一の案件でも適用罪名によって公訴時効の期間が異なることを踏まえて、時効が完成していないかを受理の際に警察が確認するよう定めています。
それでも罪名を考えることには意味があります。罪名ごとに、成立に必要な要素(構成要件)が決まっており、告訴事実に何を書くべきかは、その要素から逆算されるからです。たとえば名誉毀損罪と侮辱罪は具体的な事実を示したかどうかで分かれ、詐欺罪では、人をだまして財物を交付させたこと、つまりだます行為と交付とのつながりを示す事実が問われます。要素に当たる事実が抜けていれば、罪名を書いても特定したことにはなりません。
また、罪名の見立てによって、期限も変わります。親告罪であれば告訴期間の6か月、そうでなければ公訴時効が問題になり、時効の年数は罪名ごとに違います。どちらに当たるか迷う事案では、それぞれの要素に当たる事実を書き分けておき、最終的な当てはめは捜査機関に委ねる、という書き方が考えられます。
罪名ごとの要件と、告訴事実で特に書くべき点は、次のページで扱っています。
- 名誉毀損・侮辱罪:事実の摘示があるか、公然性、被害者を指していると分かる根拠。親告罪です。
- 詐欺・金銭トラブル:だます行為と交付の時点、民事の争いとの線引き。
- 横領・背任:何を預かり、どう処分したか、被告訴人の立場。
- 脅迫・恐喝・ストーカー:告げられた害の内容と手段、くり返しの経過。
- 傷害・器物損壊・窃盗:けがの程度と診断書、壊された物と所有者、持ち去られた物。器物損壊は親告罪です。
統計警察に告訴された事件の人員(罪名別、2016年と2025年)
| 罪名(司法警察員に告訴) | 2016年 | 2025年 |
|---|---|---|
| 総数 | 5,500人 | 6,891人 |
| 毀棄・隠匿(器物損壊等) | 981人 | 1,113人 |
| 名誉毀損(侮辱・死者名誉毀損を含む) | 360人 | 969人 |
| 詐欺(準詐欺・電子計算機使用詐欺を含む) | 647人 | 821人 |
| 横領(業務上・遺失物を含む) | 353人 | 408人 |
| 傷害(小分類。暴行を含まない) | 257人 | 336人 |
| 窃盗 | 131人 | 200人 |
| 脅迫(強要を含む) | 63人 | 117人 |
出典:検察統計調査(e-Stat)表37「罪名別 既済となった被疑事件の捜査の端緒別人員」(自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く)の「司法警察員に告訴」の列、2016年・2025年
検察で処理が済んだ被疑者の人員で、警察が受理した告訴の件数ではありません。罪名は、表の注記のとおり事件を受理した時の被疑者の罪名です。傷害は大分類(暴行などを含む。2016年319人、2025年414人)ではなく、小分類の「傷害」(傷害致死・現場助勢を含む)の行です。警察が受理しなかった告訴は含まれず、被疑者が特定されないままの告訴も、被疑者の人員という数え方からみて現れないと考えられます(表の注記にある除外ではありません)。推移の読み方は検察統計でみる告訴事件の起訴率と期間で扱っています。
統計の罪名は、事件を受理した時の被疑者の罪名です。告訴人が告訴状に書いた罪名がそのまま使われたかどうかは、この表からは分かりません。
相手の氏名・住所が分からないときの告訴
ネットの匿名の書き込みや、面識のない相手からの被害では、被告訴人の氏名も住所も分からないことがあります。刑訴法の告訴に関する条文(230条〜244条)には、犯人の氏名や住所を特定しなければ告訴できないという規定は置かれていません。告訴の中身は、前に見たとおり犯罪事実の申告と処罰を求める意思表示であり、犯人の名前はその要素に入っていません。警視庁の通達も、被告訴人の身分に関する資料は「被告訴人等が判明している場合には」提出を求めるとしており(第3の4(2))、被告訴人が分からないままの告訴があることを前提にしています。
令和7年法律第39号による改正後の241条2項(未施行)は、告訴で明らかにすべき事項を条文で定めましたが、そこでも求められているのは犯罪事実、処罰を求める旨、告訴人の氏名・住居などで、犯人の氏名は含まれていません。一方で、改正の施行後は、告訴人の側が氏名と住居(またはこれに代わる連絡先)を明らかにすることになります。
2 告訴又は告発は、犯罪事実、その犯人の処罰を求める旨並びに告訴又は告発をする者の氏名及び住居又はこれに代わる連絡先(法人にあつては、その名称又は商号、代表者の氏名及び主たる事務所又は本店の所在地)を明らかにしてしなければならない。
要旨改正後は、告訴の際に、犯罪事実、犯人の処罰を求めること、告訴する人の氏名と住所(または代わりの連絡先。法人は名称・代表者・所在地)を明らかにすることになります。犯人の氏名は挙げられていません。
確認できていないこと
この改正の施行日は「令和9年3月31日までの間において政令で定める日」とされ、2026年10月24日時点で施行日を定める政令は確認できていません。現在の告訴は、上の241条(現行)のとおり書面か口頭で行います。電磁的な方法による告訴の扱いは証拠の整理と提出先・郵送・オンライン提出で扱っています。
被告訴人の欄は、「氏名不詳」と書いたうえで、分かっている手がかりを並べます。ネットの書き込みならアカウント名・表示名・URL・投稿の日時、対面の被害なら人相・服装・車の特徴などです。警察庁は、ネットの誹謗中傷について、掲載されたページを印字し、サイトの名称、URL、書き込み者、書き込み日時、内容などを記録して持参するよう案内しています。これらは被告訴人を特定する手がかりであると同時に、告訴事実の日時・場所に当たる情報にもなります。なお、相手が分からない場合の被告訴人欄の書き方を定めた公的な資料は、調べた範囲では確認できていません。
注意したいのは、親告罪の告訴期間との関係です。告訴期間は「犯人を知つた日」から進みます(刑訴法235条)。最高裁第三小法廷昭和39年11月10日決定は、犯人を知ったとは犯人が誰かを知ることで、住所や氏名などの詳細まで知る必要はないが、少なくとも犯人を特定し得る程度に認識することが必要だとしました。つまり、氏名が分からないことだけを理由に、期間がまだ始まっていないと考えるのは危険です。顔や立場が分かっている相手であれば、氏名不詳のままでも期間が進んでいる可能性があります。起算点の考え方と、書き込みが続く場合の扱いは告訴期間6か月と親告罪の一覧で詳しく扱っています。千葉県警察の運用要領(平成27年1月15日 例規(刑)第1号)も、親告罪では告訴人の「犯人を知った日」を念頭に置き、告訴期間が過ぎることのないよう配意するよう定めています。
ネット上の書き込みの発信者を特定する手段として、特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(以下「情報流通プラットフォーム対処法」)は、発信者情報の開示請求(5条)や裁判所による開示命令(8条)、手続中に発信者情報の消去を禁じる消去禁止命令(16条)を定めています。これらは裁判所の手続を中心とする民事の制度で、代理して行うのは弁護士の業務です。刑事の告訴と開示の手続をどう組み合わせるかはネット中傷:発信者情報の開示と告訴の順序で扱っています。
告訴調書と告訴状の違い:口頭の告訴と書面の告訴
告訴状を書かずに、警察の窓口で口頭により告訴することもできます。刑訴法241条2項は、口頭の告訴を受けた検察官・司法警察員に調書を作ることを義務づけ、犯罪捜査規範64条1項は、警察官が作るその書面を「告訴調書」と呼んでいます。告訴調書は警察官が作る書類で、告訴状は告訴人が自分で作る書類です。
自首を受けたときまたは口頭による告訴もしくは告発を受けたときは、自首調書または告訴調書もしくは告発調書を作成しなければならない。
2 告訴または告発の口頭による取消しを受けたときは、告訴取消調書または告発取消調書を作成しなければならない。
要旨口頭で告訴を受けた警察官は告訴調書を作ります。口頭で告訴を取り消す申出を受けたときは、告訴取消調書を作ります。
書面で告訴した場合でも、警察が話を聴かないわけではありません。犯罪捜査規範65条は、書面による告訴でも「その趣旨が不明であるときまたは本人の意思に適合しないと認められるとき」は、本人に補充の書面を出してもらうか、話を聴いて補充調書を作るよう定めています。警視庁の通達(平成15年版)も、事案の概要や告訴人の真意を明確にするため、受理の後に速やかに告訴人の補充調書を作るよう定めています(第3の3(3))。告訴状を出したあとに警察から呼ばれて話を聴かれるのは、この仕組みによるものです。
告訴状と告訴調書の違い
| 比べる点 | 告訴状(書面の告訴) | 告訴調書(口頭の告訴) |
|---|---|---|
| 作る人 | 告訴人(自分で作るか、作成を依頼する) | 口頭の告訴を受けた警察官・検察官 |
| 根拠 | 刑訴法241条1項(書面) | 刑訴法241条2項、犯罪捜査規範64条1項 |
| 中身の決め方 | 告訴人が事実を整理し、言葉を選んで書く | 告訴人の話を聴いた警察官などが書き取る |
| 告訴としての効力 | 中身として犯罪事実の申告と処罰意思が要る | 同じ。題名が供述調書でも、申告と処罰意思が録取されていれば有効(最高裁昭和34年5月14日決定) |
| 補充・取消し | 趣旨が不明などのとき、補充の書面または補充調書(犯罪捜査規範65条) | 口頭の取消しを受けたときは告訴取消調書を作る(犯罪捜査規範64条2項) |
受理後の聴取から処分までの流れは受理後の流れと取下げ・示談・虚偽告訴の注意で扱っています。
どちらを選んでも、告訴としての効力に優劣はありません。違いは、中身を誰の言葉でまとめるかです。告訴状は、告訴人が手元の記録を見ながら、日時や金額を確かめて書くことができ、何を申告し何を求めるのかを、自分で確かめた形で示せます。口頭の告訴は書面を用意する負担がない反面、どの事実をどの言葉で書き取るかは聴き取る側に委ねられます。口頭で告訴する場合も、日時・場所・経過を書いたメモや資料を持って行くと、話の抜けを防げます。
書き損じやすい点:警察の確認項目から見直す
ここでは、警察の通達・要綱が確認項目として挙げている点から逆に見て、告訴状で抜けやすい箇所を挙げます。どれも、前の章までに出てきた資料に根拠があるものに限っています。
- 処罰を求める意思が書かれていない:警視庁の通達は、告訴が犯人の処罰を求める意思表示であることから、処罰意思の有無を明らかにするよう定めています。被害の説明や返金の希望だけで終わっていないかを確かめます。
- 罪名はあるが事実がない:警視庁の通達は、犯罪事実を示さない告訴等は無効であるとして、犯罪事実が特定されているかの確認を求めています(第3の2(2)イ)。罪名の要件に当たる出来事が、日時・場所・方法・結果とともに書かれているかを見直します。
- 民事の請求と刑事の申告が混ざっている:岐阜県警察の要領(平成25年3月19日 刑総第151号ほか)は、事実は特定されているが民事か刑事かがはっきりしない場合、資料の提出と告訴状の修正を求め、刑事事件であることが明らかになった段階で受理するのを原則としています。契約上の請求と、処罰を求める事実とを分けて書くと、この確認に答えやすくなります。
- 告訴権を示す書面がない:代理人が出すなら委任状、被害者以外の告訴権者が出すならその資格を証する書面が要ります(犯罪捜査規範66条)。
- 期限を確かめていない:親告罪なら犯人を知った日と6か月の関係を、そうでなければ罪名ごとの公訴時効を確かめます。警視庁の通達は、時効が近い告訴では、被害の時点で告訴しなかった理由の説明を求めるとしています。
- 事実を強めて書いている:虚偽や著しい誇張でないかは、警察の確認の対象です(犯罪捜査規範67条1号)。
郵送で告訴状を出す場合には、内容の確認のために来署を求められることがあります。群馬県警察の要綱(平成12年版)は、郵送された告訴状について、告訴人の出頭を求めて必要事項を聴いたうえで受理すると定めています。郵送の扱いと提出先は証拠の整理と提出先・郵送・オンライン提出で、書き直して出し直すときの見直し方は告訴状が受理されない理由と対処で扱っています。
まとめ
- 告訴状に法定の書式はありません。刑訴法241条は書面か口頭かという方式だけを定めています。最高裁昭和34年5月14日決定は、題名が供述調書でも、犯罪事実の申告と処罰を求める意思表示が書き取られていれば告訴調書として有効としました。
- 警察は受理の前に、告訴権・告訴期間・犯罪構成要件・処罰意思などを確かめます(令和6年3月26日 警察庁丙刑企発第39号ほか)。告訴状の各項目は、この確認に答えるためにあります。
- 告訴事実は、日時・場所・誰が誰に・方法・結果を、罪名の要件に沿って書きます。くり返しの被害は期間と総額でまとめる書き方もありますが、これは同種の詐欺を包括して一つの罪とした起訴状についての判断を参考にしたものです。
- 罪名は告訴人の見立てとして示し、どの罪として扱うかは捜査機関が判断します。罪名ごとの要件は罪名別のページで確かめます。
- 相手の氏名が分からなくても、告訴の条文は犯人の氏名を求めていません。ただし親告罪の6か月は、犯人を特定し得る程度に知った時点から進むことがあります。
- 口頭で告訴すれば警察官が告訴調書を作り、書面で出しても補充調書が作られることがあります。効力に優劣はなく、違いは中身を誰の言葉でまとめるかです。
このページの出典
- 法令刑事訴訟法 第230条〜第244条(とくに第235条・第241条)(e-Gov法令検索)確認日 2026-10-24
- 法令刑事訴訟法(令和7年法律第39号による改正後・未施行版)第241条(e-Gov)確認日 2026-10-24
- 法令犯罪捜査規範 第64条・第65条・第66条・第67条(e-Gov法令検索)確認日 2026-10-24
- 法令特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律 第5条・第8条・第16条(e-Gov法令検索)確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第一小法廷 昭和34年5月14日決定(昭和33年(あ)第2576号、刑集13巻5号706頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第一小法廷 昭和39年4月23日決定(昭和38年(あ)第2437号、集刑151号71頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 判例最高裁第三小法廷 昭和39年11月10日決定(昭和37年(あ)第1976号、刑集18巻9号547頁)判示事項・裁判要旨確認日 2026-10-24
- 官公庁警察庁通達「告訴・告発への適切な対応及び指導・管理の徹底について」(令和6年3月26日 警察庁丙刑企発第39号ほか)第1確認日 2026-10-24
- 官公庁警視庁 通達甲(副監.刑.2.資)第15号「告訴及び告発の取扱いについて」(平成15年4月1日)第3の1・2・3・4確認日 2026-10-24
- 官公庁岐阜県警察「告訴・告発事件取扱要領の制定について(通達)」(平成25年3月19日刑総第151号ほか)第6の2(3)確認日 2026-10-24
- 官公庁群馬県警察「告訴及び告発取扱要綱の制定について(例規通達)」(平成12年7月3日群本例規第19号)第7の1・2確認日 2026-10-24
- 官公庁千葉県警察「告訴・告発事件取扱規程の運用について」運用要領(平成27年1月15日例規(刑)第1号)第7の5確認日 2026-10-24
- 官公庁愛知県警察「告訴・告発取扱要綱の制定について」(令和7年3月19日刑総発甲第32号)(本文は直接確認できず、転記資料による)確認日 2026-10-24
- 官公庁警察庁「インターネット上の誹謗中傷等への対応」確認日 2026-10-24
- 統計検察統計調査(e-Stat)表37 罪名別 既済となった被疑事件の捜査の端緒別人員(自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く)(2025年)確認日 2026-10-24
- 統計検察統計調査(e-Stat)表37 罪名別 既済となった被疑事件の捜査の端緒別人員(自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く)(2016年)確認日 2026-10-24
よくあるご質問
告訴状は手書きでもパソコンでもよいですか。押印は必要ですか。
方式として法律が定めているのは、書面か口頭かという点だけです。刑訴法241条1項は告訴を「書面又は口頭で」行うと定めるのみで、作成の方法や押印を求める規定は置かれていません。調べた範囲では、押印や訂正のしかたを定めた公的な案内も確認できていないため、提出先の警察署で扱いを確かめるのが確実です。
相手の名前が分からなくても告訴できますか。
告訴することはできます。刑訴法の告訴に関する条文には犯人の氏名を求める規定がなく、令和7年法律第39号による改正後の241条2項(未施行)も、明らかにすべき事項に犯人の氏名を挙げていません。被告訴人は「氏名不詳」とし、アカウント名・URL・人相などの手がかりを書きます。親告罪では、名前を知らなくても告訴期間が進み始めることがある点に注意が要ります(最高裁昭和39年11月10日決定)。
告訴状に書いた罪名が違っていたら、告訴は無効になりますか。
現行法に罪名の記載を求める規定はなく、どの罪として扱うかは捜査機関が判断します。改正後の刑訴法241条2項(未施行)が挙げる事項にも罪名は含まれていません。警察が受理の際に確かめるのは、犯罪事実が特定されているか、処罰を求める意思があるかなどで(警視庁通達第3の2(2))、罪名の要件に当たる事実が書かれていることが大切です。
警察に告訴状を出したのに、改めて話を聴かれて調書を作られました。なぜですか。
書面による告訴でも、趣旨が分からないときや本人の意思と合わないと見られるときは、警察は補充の書面を求めるか、話を聴いて補充調書を作ることになっているためです(犯罪捜査規範65条)。警視庁の通達(平成15年版)も、受理の後に速やかに告訴人の補充調書を作るよう定めています(第3の3(3))。告訴状の内容と食い違わないよう、手元に控えを置いて臨むとよいでしょう。
告訴状を書かずに、窓口で口頭で告訴することはできますか。
できます。刑訴法241条は口頭の告訴を認めており、受けた警察官は告訴調書を作ります(刑訴法241条2項、犯罪捜査規範64条1項)。題名が供述調書でも、犯罪事実の申告と処罰を求める意思が書き取られていれば告訴として有効とした判例があります(最高裁昭和34年5月14日決定)。日時や経過のメモを持って行くと、話の抜けを防げます。
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本ページは一般的な情報提供です。告訴・告発が受理されるか、どの罪が成立するか、起訴されるかは、事実関係と証拠をもとに警察・検察が判断することで、このページの説明で結論が決まるものではありません。条文は e-Gov法令検索(法令API)で2026年10月24日時点のものを、統計は政府統計の総合窓口(e-Stat)ほか各府省の公表資料を確認しています。参考: e-Gov法令検索 / e-Stat / 警察庁 / 検察庁 / 裁判所 / 法務省